遺産分割前の財産処分
この記事を書いたのは:清水 洋一

1 遺産分割とは
遺産分割とは,被相続人が亡くなった際に残された財産(以下「相続財産」といいます。)を相続人間で分配する手続のことです(民法906条)。遺言書がない場合や,遺言書で相続財産の一部が包括遺贈された場合に遺産分割が行われることが多いです。

専門的な言葉ですが,「包括遺贈」とは,相続財産の全部又は一定の割合を包括して遺贈(遺言による贈与)することです。たとえば,「遺産の3分の1」というように特定の財産ではなく相続財産を割合的に遺贈することを言います。
この場合,誰がどんな遺産を取得するか,具体的に確定しなければならないため,遺産分割協議が行う必要があります。
2 遺産分割の対象
遺産分割は,現時点で残存している相続財産を分割する手続です。
あくまで現に残っている不動産,預貯金,株式,その他有価証券,現金,その他債権(退職金,貸付金,立替金など)が対象なので,現時点で存在しない財産は,原則として遺産分割の対象とすることができません。



たとえば,相続人の一部が,被相続人が死亡する前・後に預金口座から無断で預貯金を引き出した場合,遺産分割時にすでに被相続人名義の預貯金が存在しないため(引出しで消失した為),これを遺産分割の対象とすることはできません。
もちろん,相続人全員の同意があれば,無断引出しの預貯金を遺産分割の対象に含めることができますが,同意が得られない場合,遺産分割とは別に,不当利得返還請求を行わなければなりません。協議が難航すれば,最終的に「無断で引き出したお金を返せ!」という訴訟を起こさなければならないということです。
3 遺産分割前に処分された財産
それでは,預貯金を無断で引き出した相続人には,不当利得返還請求でしか責任追及の方法がないのでしょうか。これについて,2019年7月1日の相続法改正によって,以下の条文が追加されました。
【第906条の2】
1 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても,共同相続人は,その全員の同意により,当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず,共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは,当該共同相続人については,同項の同意を得ることを要しない。
この条文は,被相続人の死亡後,遺産分割前に預貯金が引き出された場合,相続人全員の同意(財産処分した相続人を除く)があれば,引き出した預貯金を遺産に含めて遺産分割協議ができるというものです。
具体例で説明すると,被相続人がX,相続人が子A,B,Cの3人,相続財産として預金3000万円が残っていたとします。
本来であれば,A,B,Cが公平に1000万円ずつ分割取得することになりますが,仮に遺産分割前に,AがX名義の預金口座から無断で預金2000万を引き出していた場合,B・Cの同意(財産処分したAは除く)があれば,引き出された2000万円を遺産とみなして遺産分割することができます。
その結果,預金3000万円で遺産分割することができます。もっとも,実際に残っているのは1000万円だけなので,Aが差額2000万円のうち自己の取得分を控除した1000万円をB・Cに返還することになります。
当然ですが,Aが預金引出しを争っているときは,民法906条の2の適用はありません。A自身が引出しを認めていることが前提です。たとえば「預金は第三者が引き出した!」「むしろ引き出したのはB(又はC)だ!」というようなときは,この条文が適用できないため,残念ながらB・Cは,Aに対して不当利得返還請求で責任追及するしかありません。
4 被相続人の死亡前に処分された財産
被相続人の生前に預貯金が引き出されていたらどうなるでしょうか。
先ほどの具体例でいえば,認知症であったXが死亡する前に,AがX名義の預金口座から無断で預金を引き出したようなケースです。
民法906条の2は,被相続人の死亡後・遺産分割前の処分を想定しているため,被相続人の生前の財産処分には適用がありません。
つまり,被相続人が死亡する前の預金引出は,相続人全員の同意がない限り,遺産分割の対象とすることができず,民法906条の2の適用もないため,原則どおり不当利得返還請求で対応せざるを得ません。
5 結論

以上のとおり,遺産分割は,原則として現に残っている相続財産が対象ですが,例外的に遺産分割前に処分された財産を遺産に戻して分割することができます。もっとも,相続財産の処分時期,相続人の同意の有無,その他の事情によって,遺産への持戻しができるかどうか異なりますので注意が必要です。
遺産分割や相続手続でお悩みの方は,一人で悩まずお気軽にご相談ください。

この記事を書いたのは:
清水 洋一