相続・遺言

「相続させる」旨の遺言と遺言執行

この記事を書いたのは:清水 洋一

1 序論


 特定の遺産を,特定の相続人に,相続させる旨の遺言を「特定財産承継遺言」と呼びます。特定財産承継遺言いわゆる「相続させる」旨の遺言は,遺産分割の方法を定めた遺言であり,特段の事情がない限り遺贈(遺言による贈与)と解すべきでないと判示されています(最二小平成3年4月19日民集45巻4号477号)。


 遺贈(遺言による贈与)であれば遺言執行の必要性が条文上明らかですが(民法1012条2項),遺産分割方法が指定された「特定財産承継遺言」では,遺言執行の要否はどうなるのでしょうか。

2 遺言執行者の職務範囲


 改正前民法では,「相続させる」旨の遺言には,一般的に遺言執行の余地がないと考えられていました(最三小平成7年1月24日判時1523号81頁)。


 しかし,現行民法では,特定財産承継遺言に対抗要件主義を適用し(民法899条の2第1項),遺言執行者は,当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができます(民法1014条2項)。


 また,特定財産承継遺言の対象となった財産が預貯金債権である場合には,遺言執行者は対抗要件具備のほか,預貯金の払戻請求や解約申入れもできるとされています(民法1014条3項本文)。


 対抗要件が具備されない限り,遺言による権利変動は第三者に対抗し得ず,遺言内容が確定的に実現しないため,一般論としては,特定財産承継遺言でも遺言執行の必要性があると言えるでしょう。

3 遺言執行の要否


 では,遺言執行者と受益相続人が同一人であった場合でも,遺言執行の必要性は認められるでしょうか。遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有していますが(民法1012条1項),受益相続人としての権限との関係性が問題になります。


 たとえば,被相続人X,相続人が妻Y,子A,B,Cがいた場合に,遺言執行者としてAが指定されていたときに,まずは,①Xがすべての遺産をAに相続させる旨の公正証書遺言を残していたケースを考えてみます。


 いわゆる「相続させる」旨の遺言は,遺産分割の方法を指定した遺言であり,遺贈と解すべきでないため,Aは遺言執行者として遺言内容を執行する必要はありません。むしろ,Aは唯一の受益相続人ですから,遺言執行者の立場ではなく,受益相続人の立場として,不動産の権利移転登記(不動産登記法63条2項)や預貯金の払戻・解約を単独で申請することができます。


 このように,特定財産承継遺言があったときに「遺言執行者=唯一の受益相続人」であれば,基本的に遺言執行の必要性は存在しません。もちろん,遺言執行者の立場で登記手続・預貯金払戻をすることは可能ですが,遺言執行者には,権利だけでなく義務も課されるため(民法1012条3項),遺言執行者に就任すべき必要性・合理性がなければ,あえて就任しないという選択肢も有り得ます。


 他方,②被相続人Xが,妻Y,子A,B,Cに平等に相続財産を承継させ,遺産分割の方法・内容が詳細かつ複雑であった場合や遺贈の一部履行が含まれている場合には,遺言執行の必要性・合理性が認められます。このような時は,Aが遺言執行者に就任し,公平・公正な立場で職務執行を行っていくことになるでしょう

4 結論


 以上のとおり,特定財産承継遺言(相続させる旨の遺言)における遺言執行の要否には,遺言の内容,遺言執行者と相続人との関係性,相続財産の種類,相続人の生活状況などによって異なってきます。

 遺言に関するトラブルは複雑多岐にわたるため,お悩みの方は,ぜひ一度専門家にご相談ください。


この記事を書いたのは:
清水 洋一